人間牧場 (ピース集めのおはなし)
こんにちは。
相変わらずいろんなものに手を染めて中途半端な毎日なのですが、なんかようやく一つのかたちにまとまってきたような感じがしています。
なにかを作りあげる時、 大きく分けてふた通りのやり方があります。
まず、ひとつの大きなまとまりを持ってきてそれをこつこつ削ってかたちにする方法。
もうひとつは単体では意味をなさないようなものをいくつも集め、それを重ね、積み上げ、かたちにする方法。
彫刻と絵画のようなイメージでしょうか。
僕の場合はたいてい後者のやり方なのですが、絵画というよりはジグソーパズルのほうが近いかもしれません。
ただ、東急ハンズで売っているようなジグソーパズルは絵を完成させるためのピースがひとつの箱にきっちり入っていますが、さすがに人生というジグソーパズルにそんなサービスはありません。自分でピースを一つひとつ探し、集め、捨て、あーでもないこーでもないと組み合わせる必要があります。
もちろんピースを探す前にまずは頭の中に大きなキャンバスを置き、そこに下絵を描く必要があります。下絵ですから脳内イメージそのままのラフ画です。色もかたちもなんとなくで、レイアウトだけ決めるような感じです。そして次はその下絵入りキャンバスを脳内に置いておいたまま街へピース探しに行くわけです。
逆に集めたお気に入りのピースをもとに全体のイメージを描くというのもアリだと思います。
ぴったりハマるピースもあれば、いびつなピースもある。必要だと思ったけどやっぱりいらないピースもある。どうしても見つからないピースもあれば、もとから持っていたピースもある。
赤いピースをひたすら集めていると「りんごの絵を描くのかい?」と聞かれたりしますが、描きたいのは真っ白なうさぎの赤い目だったり真っ暗な夜に浮かぶ紅い月だったりするわけで、ことほどさようにいちいち他人の言うことなんて気にすることはありません。
一見して全然関係ないような出来事がつながりつながりつながって、自分のイメージするひとつのかたちに導かれまとまっていくような気がしてきています。今までは「俺ってばいったい何をやりたいんだろう・・・」と思ったりもしましたが、それでも集めることをあきらめず続けていれば、いつか「ああ、こんな夜のために俺はピースを集めていたんだ」と思える日が来ます。来ないわけがあるか。
いずれにせよ大切なのは「イメージを描くこと」「動くこと」「中心点を自分に置くこと」「俯瞰で見ること」だと自分に必死に言い聞かせます。
それがなくては俺の毎日の出来事がただのガラクタ集めになってしまう。そんなのアルミ缶集めたほうが生活費の足しになるというものです。
妄想と呼ばれようが淫夢と呼ばれようが誇大妄想狂と呼ばれようが変態クソ野郎と呼ばれようが描きたいものを頭の中に描きましょう。そしてひらひらとピース集めの旅に出ましょう。
おにぎりさえあれば平気へっちゃら大丈夫でござるぞ、俺よ。
今までもそうだったし、これからもそうだ(たぶん)。