綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

コントが始まる、そして僕が終わる

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昨日「コントが始まる」という新ドラマを冒頭3分くらいだけ観たのですが、有村架純さんがとてもとても可愛くて可愛くて、思わずテレビを消してしまいました。


石川ひとみ・・・じゃなくて石川さゆり・・・じゃなくて石田ゆり子じゃなくて石・・・石崎・・・違う、あ、石原さとみさんの新ドラマ「恋はDeepに」は先日ロケ現場を偶然通りかかって「ナマの石原さとみさんは本当にきれいだなあ~!」と感動したのでオンエアを楽しみにしていたのですが、結局観ることが出来ませんでした。


うちにあるSONYBlu-rayレコーダーは「お任せ録画機能」がついていて、新作アニメを全作品自動で録画してくれるのですが、9割5分はOPだけ観て消去しています。

ちなみに今季(2021春)の新番組で最後まで観たのは「ゾンビランドサガR」と「ヒロアカ5期」だけで、途中まで観たのが「ゴジラ S.P 」「シンカリオンZ」「Fairy蘭丸」「スーパーカブ」あたりです。あとはだいたい20秒から30秒で再生停止ボタンを押しました。

 


観ないことが「意識高い」とか「今の作品はレベルが・・・」とか、そういう話ではありません。


もう本当に心が「持たない」のです。エモーショナルな意味でお腹がいっぱいなんです。「精神的な意味でラーメン二郎三田総本店の大ダブルを食った後の午前11時」と言えばこれを読んでいるジロリアンの皆さんならわかっていただけるのではないでしょうか。

 

有村架純さんが可愛いなあ、可愛いなあと思ったらもうそれだけでお腹(心)がいっぱいなんです。ナマで観る石原さとみさんはキレイだったなあ~という記憶だけでもうなにも入らないんです。ストーリーがどうとか音楽とかそういうのはもう入るスペースが無いんです。キャストやスタッフの皆さんには申し訳ないことですが。


家の押入れに1000冊くらい本が入っていますが、たぶん死ぬまでにもう一度全てを読み返すことは出来ないでしょう。itunesに保存した曲が何千曲何万曲あるかわかりませんが、すべてを聴き返すことはたぶん出来ないでしょう。iMacに写真が8万枚入っていますが、全てを見返すことはおそらくもう出来ません。

 

精神の宮殿にはまだまだいくらでもいろいろな感動を詰め込めますが、それを振り返り楽しむ時間がもうありません。
もう振り返らないのなら保管する必要が無いんです。
もうじゅうぶん。

 

エヴァンゲリオンも終わったことですし、僕もいろいろ片付ける作業に入らなければなりません。

すべてのブログ、すべてのエロ画像、すべての本、CD,DVD,レコード、絵、フィギュア、ミニカー、プラモデル・・・なごり惜しいけれど地獄へは持っていけないので少しずつ整理していこうと思っています。

つらいこともあったけど、この四半世紀は楽しい四半世紀でした。
本当にありがとう。

 

GachifloZ

復習という名のもうひとつの世界


「ここではないどこか」というのは太古の昔より若者に唱えられ続けてきた魔法の呪文ですが、ある意味でそれは神様と同じ祈りの言葉なのかもしれません。

どちらも目には見えませんが、それらがある(いる)ような感覚は無神論者でゾンビィな僕にも確かにあります。

人生はつらく悲しくとても理不尽です。
自分が悪いこともたくさんありますが、おかしいだろそれ!と思うようなこともたくさんあります。

楽しみにして訪ねたお店が告知なしの臨時休業。
結局はルックスや若さが勝負のどうしようもない現実。
ある日突然障害者になるなんてのも相当理不尽でしょう。


しかしながら結局はそれらを受け入れるしかありません。
受け入れて、拳を突き上げるしかないのです。
ここではないどこか、はそんな僕らの楽園の地です。

 

そういえば先日こんなことがありました。

僕の上司の係長さんがミスをしてしまい「ちょw失敗したw◯◯さんに謝っといてwあ、あと課長には内緒な!」と言ってきました。
普段からお世話になっている上司なので「あ、はいわかりました」と答えて火消し?をしておきました。

それから一ヶ月くらいしたある日、課長から僕が突然呼び出しを食らいました。先日の件が発覚したのです。「事故(ミス)を隠蔽するとはどういうことなんだ!」とこっぴどく叱られました。

僕は正直に係長のミスと火消しを頼まれたこと、課長への口止めを命じられたことを伝えたのですが、社内では「僕のミスを僕が隠蔽した」ということになっているらしく、理不尽やのう・・・と思いました。


でももっと理不尽だなあと思ったのは後日その課長が本当に自然に、サラッと「大丈夫大丈夫、黙っていればわからないから」と付け加えて僕にある指示を出した事です。

 

うふぅん、理不尽だけど気にしない。
ゾンビだから!

いつかここではないどこかで花を咲かせましょう。

 

GachifloZ

 

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ゾンビイ、その愛

それはいったい何時頃からなのか、自分でもわかりません。
それまでずっと単なるゾンビ好きだったんです。

 

一番好きなのはドーンオブザデッド(2004)。
言わずとしれたロメロの同名作品(1978)のリメイク作品です。

 

ある日突然理不尽に恐怖はやってくる。
逃げても逃げてもどこにも楽園はない。それでもただひたすら希望を求めて逃げ続け、ようやくたどり着いた安住の地もまた地獄だった・・・。

 

そんなゾンビの世界観はまさに現実そのもので、僕は最初逃げ惑う主人公たちに共感し、やがて襲いくるゾンビたちに共感するようになりました。

目的もなくただ喰らうためにだけ動き続ける存在。
モラルもなく罪悪感もなくただひたすらに欲望のままにうごめくだけの存在。理不尽に殴られ蹴られ裏切られ欺かれ・・・それでも生きるためだけに働き続けている自分をソンビに投影したのかもしれません。

 

いつしか僕は、何があっても「ゾンビだから痛くない」「ゾンビだから大丈夫」「ゾンビだから怖がることはない」
嫌なことがあるといつもそう唱えるようになりました。

とても楽なんです。
誰かより貧乏だとか誰かよりモテないとか誰かよりバカだとか。ゾンビになることでずっとずっと僕を苦しめてきたそういうものから解放された気がしたんです。


でも僕はいったい何時ゾンビになってしまったのでしょう。
あの時?それともあの時?あるいは記憶がないだけで晴れた青空の日の朝、軽トラにでもはねられてしまったのでしょうか。


ゾンビなのにいつしか定年を迎えるんでしょうか。
ゾンビなのにいつしか老衰で死ぬんでしょうか。
ゾンビなのにねえ。

 GachifloZ


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一家4人でワンルーム、その後。

今週のお題「間取り」

 

うちは4人暮らし(わし、おくさん、むすめ、むすめ)なのですがワンルームです。

以前はちゃんと◯LDKとかだったのですが、リフォームしてワンルームになりました。

むすめは年頃だというのに自分の部屋がありません。なんてったってワンルームですから。僕の書斎もありませんし、リビングもダイニングもベッドルームもありません。逆に言えばすべての空間が書斎であり、リビングでありダイニングでベッドルームです。

 

なんでそんなことになっているかというと、家の中に身体障害者ができたからです。

 

少し昔のある日突然、家族のひとりが身体障害者になりました。

お医者さんはご多分に漏れずというかなんというか大袈裟?に僕にこう告知しました。「運がとびきりよくて杖をついて歩けるようになったら奇跡」「いつ発作が起きて倒れるかわからない」「365日の介助が必要と思われる」エトセトラエトセトラ・・・。

 

・・・関係ないですけど「エトセトラエトセトラ・・・」って最近聞かなくないですか?「美化200%」とか「◯◯センセに捧ぐ」を見なくなったというつぶやきを最近見ましたが、エトセトラも相当に死んでませんか・・・

 

閑話休題、そんなわけでそんな家族がどうにかこうにか退院して戻ってくるのに合わせて家を段差ゼロのフルフラット&どこで発作起こして倒れてもバッチリ気がつけるように壁という壁をぶちぬいてワンルームにしたのです。

 

当時はまだ子供も小さくて、同様に目が届きやすいということもあり利点が多かったのですが、むすめが大きくなってからが大変でした。

ワンルームで壁がない、ATフィールドもへったくれもない、心の壁すら存在しえないこの家は全てがあけっぴろげでプライバシーはゼロです。しかも一生歩けないはずの人はシン・身体障害者とばかりに杖という名のアンビリカルケーブルなど無しでどこまでも遊びにいくし、玄関の傘立てにもう何年も何年も挿しっぱなしのその杖はアンビリカルケーブルというよりもはやロンギヌスの槍状態です。抜くと世界が終わるのか!?

 

と、いうわけでせっかくフルフラットな床は女三人の化粧品やら充電ケーブルやらアレやらコレやらが置きっぱなしで当初は大活躍していたルンバ君もいったい何年凍結状態なのか・・・。壁をなくしてどこまでも見渡せる空間には急場しのぎのようなカーテンが乱立する始末・・・。

 

あーもうほんとうにシン生活始めたい。

 

GachifloZ

 

 

 

 

 

 

シン・生活のはじめかた

ひさしく新生活をしていない。

卒業も遠い昔だし、転職もこの時期あんまり気が乗らないし、引っ越しするのも金が掛かるし・・・でもなんか新生活をしてみたい。

そこで私は考えた。
今の流行りに乗って「シン・生活」を初めてみるのはどうだろう。

「シン・生活」とは真生活であり神生活であり親生活であり・・・まあ要するに自分なりの新しい生活様式ということだ。菅さんや小池さんに言われたまんまの生活様式にするのもワシらしい優等生的な生き方ではあるが、かつて旧Bisが(素行不良で)憧れの武道館を貸してもらえず「Bisなりの武道館」と銘打って行った横浜アリーナでの解散ライブの時のような(あれは本当にいいライブだった)自分なりの生活様式チェンジマンするのはきっと意味のあることだと思う。

そのために必要なグッズは何か。

私は以下をおすすめしたい。

 

・ 東海林さだお中島らもの文庫本

・ 益子焼のマグカップ

・ 薔薇の鉢植え

 

あとはiPhoneMacがあれば何もいらない(ただしAppleMusicとAmazonPrimeは加入必須だ)。できれば月に一冊くらいはiBookストアで本を買いたい。

 

ううーん、引っ越しもせず転職もせず始める「シン・生活」。

それはそんなふうにして手に入れた1冊の本からすべてが始まる。

地方にいても、都会にいても、それはきっと変わらない。

 

#新生活が捗る逸品

もう戦わなくていいよ、とあの娘は言った

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こんちは。

先日新卒社員を対象に講義をひとつ任されました。
急なことだったのでロクな準備もせずに望んだのですが、まあこれまで随分長いこと毎朝毎朝(ネタも用意せず)朝礼台に立ってベラベラ適当なことをアドリブで喋り続けてきましたのであまり心配はしていませんでした。

ところが。
本当に「使わない筋肉は衰える」もので、文章は噛むわ、話が行ったり来たりするわ、時間は押しまくって結局後半バッサリカットすることになるわとそれはそれは悲惨なものでした。

 

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この時に僕は痛感したのです。
ああ、もう僕は「何も出来ない」のだ、と。
かつては目をつぶってでも出来たはずのアレも、3分で終わらせられたコレも、なにもかも今の僕はもう出来ないのだと。

仕事も出来ません。
勉強も出来ません。
家事も出来ません。
もう僕は何も出来ないのだ・・・。

 

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でもそう自覚したら随分いろんなことが楽になりました。

 

ああ、もう前に出て戦わなくていいんだ。
自分で決めなくてもいいんだ。
誰かの後ろで静かにしていればいいんだ。
そして時が来たらインディペンデンス・デイのラストのように敵の母艦に向かって特攻して「尊い犠牲を忘れません(涙)」とか言われていればいいんだ。


あーーでも

でもなあーーー

悔しい。

このクソ久しぶりの日記におもしろおかしいオチがつけられないのはやっぱり悔しい!やらなくなったことは出来なくなっているとわかっていても!!これだけは悔しいなあ!!


GachifloZ

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フランス窓便り

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「フランス窓便り」
「僕は花園に住んでいる」
「やさしく白き手をのべて」
「黒バラのマリア」
「幸福の種子」

 

「地獄の底からはパンチラ見放題」
「フランソワーズ」
「みなさんファックしてますか?」
「せつなる恋の心は尊きこと神のごとし」
「復讐は沈黙の娘」

 

「うらら、22歳、旅立ち」
「カレーなるチェイサー2」
24時間テレビ妄想はオレを救う」
「アルフォンソ・ダンテスな夜」
「咥えたら話さない女」

 

「僕と彼女のメルクマール」
「1/2のチャボ」
暗闇坂でアルファ・イン。」
「地球が静止した日(前編)」
「必殺!ネガティブカッター・ニーブレス」

 

「神様の藁人形」
「ドドスコドドスコ、オレ注入!」
「きれいな乳液が溢れてきたよ」
「しあわせになれるうた」


ぐーぐるドライブを整理してたら出てきたテキストデータ。
どれも10年くらい前の日記のタイトルなんだけど、なんかどれも狂気を感じてとっても好き。書いたオレですら元ネタがわからないのも多いし。

 

いやー、若いな!(中身を読んでいる暇はない)。


GachifloZ

 

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