綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

ぎょうざの満洲は3割うまいがiPhoneXSは3割重い(重量的に)

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iPhone7、重さ138g。iPhoneXS、重さ177g。実に30%近く重くなった。重すぎィ~。ただでさえ腱鞘炎的に手首が痛いのに悪化してしまうではないか。AppleCareで腱鞘炎も保障してくれるというのか。大画面大画面というけれど、そんなに大画面が良ければiPadを持ち歩けばいいのだ。それも12.9インチモデルを。そして90年代の携帯電話の如くバカでかい画面を耳に当てて「シモシモ~?」と言っていればいいのだ。

法月綸太郎著「二の悲劇」読了。何回目か忘れたけど読了。この本、特別分厚い本でもない長編推理小説なのだけれど、とにかくページ内の文字量が半端ない。文庫本だとこれ以上無理だろうというくらい小さいフォントでビッシリとページは埋め尽くされ、これでもかこれでもかこれでもかこれでもかと文章が続く。そして話は遅々として進まず、正直なところ10行くらいずつすっ飛ばして読んでも大丈夫。いや2,3ページ飛ばしても大丈夫なのでは?と思ってしまう(すっ飛ばさないけど)。


あとがきで筆者がこれを書いている時の作者の精神状態を記しているのだけれど、言われなくともこれを書いている時の作者が病んでいるのはひと目でわかる。そういう本。ストーリーやらなんやらよりも、ああ本当にこの人はこれを書いている時におかしかったんだろうなあ、つらかったんだろうなあと我が事のようにシミジミさせられてしまう。ある意味殺される被害者よりも同情してしまうし、心配になってしまう。編集者の人もちょっと休ませてやれよと思うけど、こうやって書き連ねることがリハビリというか先の日記で書いた写経的なものというか。きっとそういうもんだったんだろうと思う。かく言う僕もそうだしね。こんな日記誰も読みやしないのに(不定期ながら)ずっと続けてる。Mixi初期の頃から書いてるんだから本当に成長しないと言うか悩みが尽きないというかビョーキが治らないというか。本当に我ながらどうしようもない。

 

先の日記で「バカは嫌だ嫌だ」と書いたけれど、バカのおトクなところは読んだ本を忘れてしまうところ。1000冊くらい推理小説がクローゼットに押し込んであるけど、タイトルでストーリーや犯人なんかを思い出せるのはほんの数冊しかない。この「二の悲劇」みたいな一度読んだら相当強い印象を受けるような作品でさえ初読に思える。中には読み進めていく内に思い出す本もあるけれど、ほとんどの本はその内容を覚えていない。だからいつも未読の書籍を読めるのと同義。なんというおトク。この「忘れる」点においてのみ「バカバンザイ」と思う。

 
いやー「二の悲劇」に敬意を払ってビッシリ文字を並べてみたが、読みづらいわ面白くないわ最悪だな。やっぱり本職の作家ってすごい。

 

GachifloZ

彼女は綾波のように

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久しぶりに夢のお話を。

好きな人とのんびり過ごしているデートスポット。
ところがそこで放射能汚染事故が発生。
彼女は怯えて動けなくなってしまった。

逃げてという彼女を無視し、僕は彼女をおぶってひたすら走る。
どこまでも逃げて逃げて、僕は彼女をなんとか救おうとした。

彼女を背に必死に逃げこんた安全地帯。
僕は安堵して彼女を背から下ろす。
ところが彼女はすでにこと切れていた。


嘆き悲しむ僕に老人が言った。
「彼女を背にしていたからあなたは被爆しないで済んだんだね」


自らを犠牲にしても救おうとしていたはずの彼女を放射能の盾にして僕は助かった。
身を挺して救おうとしていたはずの僕が、実際は彼女に守られていた。

 

いや、僕は本当は気付いていたのではないか?
彼女を背にしていれば僕へのダメージが少ないはずだと。

彼女を救おうとしていたなんてのは言い訳で、
自分が助かるために都合よく彼女を利用しただけなのではないのか。
そして僕はそれを知っていたのではないか。
意図してそうしたのではなくとも、そうなることに気付いていたのではないのか。


あーオレはやっぱり最低だな。
どうしていつもそうなのかな。

でもじゃあどうすればよかったのかな。
ルパンとクラリスのようにお姫様抱っこして逃げればよかったのか。
そんで安樂の地についた時、彼女に「助かったねえ」と微笑みかけながらぶっ倒れ、
彼女は焼けただれている僕の背を見てヨヨヨと涙する、そんな感じならよかったな。

彼女を連れて逃げるという選択肢は正しいのに、
背負うか抱いて逃げるかという選択肢に気が付けないオレは本当にバカだなあ。


頭のいい人になりたいなあ。
そしたら背に大火傷を負って彼女を救えたのになあ。

バカって嫌だなあ。
頭が悪いって本当に嫌になるなあ。
どうしたら頭のいい人間になれるのかなあ。

頭がよければこんな思いをしなくて済むのにな。
頭がよければしあわせに死ねたのに。
彼女を救えたのになあ。

 

しかし息を引き取った彼女は笑顔であったのだった。
彼女は本当に救われなかったのだろうか。

 


平成30年9月23日午前3時の記憶である。

オチまでこすっからい。

 

GachifloZ

 

iPhoneXSとアークザラッドR

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毎日毎日、来る日も来る日もスマホゲーム「アークザラッドR」をやっているんです。
本当、来る日も来る日も。


生まれてはじめて「ガチャ」なるものも回しました。
生まれてはじめてスマホゲームに課金なるものをしてみようかとも思いました(してないけど)。

20年ぶりに「レベル上げ」です。
同じバトルを何度も何度もするんです。
20年前に散々やりこんだキャラクターのレベルを再び上げるために。

・・・何をやってるんだろう?とは思います。

 

だがしかし。

ひたすら般若心経を唱えるように、
ひたすら写経を行うかのように、
ただ何も考えずひたすら戦闘開始のボタンをタップするだけ(オート戦闘にしてるので)の行為にも意味はあると信じたい。

写経も、きっと四国八十八ヶ所詣でだってきっとそうだと思うんですが、書き写す作業自体にはなんの意味もないと思うんです。ひたすら歩いて歩いて八十八箇所巡るコト自体に意味はないと思うんです。
大切なのは何も考えずただひたすら何かに没頭して作業する時間そのものなのだと思うのです。


生きていればみんないろんなことがあって、ままならないことや想定外のことや悲しいことつらいこと、たくさんあります。「時間がなによりの特効薬だよ」とはよく聞くセリフですが「その時間1分1分がつらいんじゃ!」というケースも多いのだと思います。

そのつらい1分1分を「いかに何も考えず過ごすか、やり過ごすか」ということために読経なり写経なりがあるのだと思います。だから、僕の今やっているレベル上げも実は精神の安寧に意味があるのだと・・・

思おうとしていましたが。

 

なんかそれを逆手にただただ現実逃避している状況ってどうなの?という感覚も浮かびます。
眼の前にやらなければならないことがあって、理由はどうあれそれはやらねばならないことで、だけどそれをやりたくなくてひたすら写経してます読経してますレベル上げしてますって言うのもそれはそれでどうなんだろうって思うのです。


つまりレベル上げというのは
つらい現実に耐え、それと戦うために何も考えず行うことであって、
つらい現実から逃げまわるだけのために行うものではないのでは、と。

例えば好きな人にフラれて死にたくなっている時にレベル上げは有用。
例えば夏休みの最終日にやらなければいけない宿題から目をそらすためのレベル上げなら害悪。

線引きは難しいですが、正しいレベル上げをしようと思うわけです。

 

待ちにまったiPhoneXSを発売日に買って、結局やってることがアークザラッドRのレベル上げとはジョブズも浮かばれん」とか思いながらひたすらタップを繰り返すのでした。

僕は立ち向かっているのか?
逃げ回っているのか?

 


全然関係ないけど、
昨日XSを受け取りにドコモへ行った時の会話。

店員「お持ちのiPadmini4がご購入から2年以上経ってますがご一緒にiPad機種変いかがですか」
ワシ「XSと一緒に新型iPadProが出たらそうしようと思ってたんですけど、今回出なかったんで」
店員「あー、今回情報出ませんでしたねえ~」
ワシ「出たら機種変しようと思ってるんですよ」
店員「そうですか~ちなみに今ですとiPadProのお値段こちらなんですがいかがですか」
ワシ「?今、新型出たら機種変するって言ったような気がするんですが」
店員「そうですよねえ~でも今回発表なかったですし~」
ワシ「来月発表って情報もありますよね?」
店員「そうなんですよね~」
ワシ「もういいですか?」
店員「割引もあるんですけどねえ~」
ワシ「・・・」
店員「・・・」

店員さんの視線を外してひたすらレベル上げにいそしむワシであった。
実に有用なレベル上げといえよう。


GachifoZ

僕がエロいブログを書けなくなった理由とエロいブログを書き続けなければならない理由、そして大好きなひとに誤解されたくないいくつかのこと

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最近エロいことを日記に書いていません。

昔は逆に「エロい事以外を書かない日記」でおなじみだったのに!

エロい日記を書きすぎてmixiアク禁を喰らったのももはや遠い遠いはるか彼方の宇宙での記憶です。


エロい日記を書かなくなったきっかけは娘に見つかったこと(笑)。
あわてて別のブログサービスに別名で書くようになって。
それでも心配だから極力エロ記事は避けるようになって。

どんどんどんどんエロい記事から遠ざかってしまった。


人間不思議なもので、エロいことを書かなくなった(=文字化しなくなった)ら、自分の中のまさにコアであったエロが消失の危機にあります。

もともとエロは心の核であったけれどもエロはエロだけに実際に口にすることはほとんどなく(捕まってしまいます)、もっぱらブログに書きなぐっていました。その「文字化」をやめてしまってからのエロ消失はまさに人間消失のごとく・・・母さん、僕のあのエロはいったいどこへ行ってしまったんでしょうね。


文字というのはまさに言霊であって、表出すればそれは自分を包む血となり肉となり身を護るバリアたる存在になるけれど、言霊を封印することはやはりそれらを消し去ることと同義なのだと思います。


だからこうなりたい、ああなりたいという希望があるならば
ああはなりたくないという願いがあるならば
出来るだけ言葉にしてそれを身にまとうが吉だと思います。

 

僕はねえ、いつまで経ってもエロ人間でいたいのです。
「お前ほんとう頭の中それしかないのかよ!?」と指をさされるような人間でありたいのです。

それが間違いなく心のバランスを取ってくれるから。


前回の日記でも書きましたが、良いことをしようとした時には同じくらいのボリュームのダメなことが自分の中にないとダメなんです。倒れちゃう。きちんと仕事をするためには、その免罪符としてふまじめに生きないとお仕事できないんです。


まじめに生きるためには同じ重さのふまじめさが身体にないとバランスが取れないのです。でも、いくらふまじめと言っても人を殺めたり、物を盗んだりはできない。ジャンキーになるのも嫌だし、ギャンブル中毒もダメ。いちばん人さまにご迷惑をお掛けすることなく自分をふまじめに貶められるのはやっぱりエロなんです。

もちろん痴漢とか強制性交とかは論外ですよ。それは犯罪というカテゴリー以外のなにものでもなく、エロというのはそういうもんじゃない。エロというのはやっぱり「透視能力で下着を覗く」とか「瞬間移動で壇蜜さんの更衣室潜入」とか「時間を止めて浜辺美波ちゃんにあんなことやこんなことを」とか、いわゆるそういうことなんです。

だから大好きな女のひととのリアルなエッチもエロとは違うんです。あれは愛し合う行為ですから。


と、そんなこんなで僕にとって大切なエロ。
それが失われたらきっと僕は怖くて何も出来ない。
だから一生懸命これからも娘にバレないようにこーっそりとエロをここに書き連ねていこうと思うのです。

エロ・フォーエバー!

エロリアーン!!

 

GachifloZ

 

家族のために死に物狂いで自分自身を日々すり減らす人に対して本当に申し訳ないくらい遊びまわってしまう強迫神経症的な日々の雑記

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職場で「夏休み、どこか行かれましたか?」と聞かれたので

 

「そうね、宇都宮へ旅行に行って餃子の名店で餃子を食べまくったよ。益子のソウルフードビルマ汁>も食べた。国宝クラスの磨崖仏が大谷ってとこにあるんだけど、アレはよかったな~。あと、泊まったホテルが<日本一の朝食>を謳っててね、とても美味しかったんだ。

あ、海も行った。やっぱり夏は海よね。奥様のビキニよねビキニさいこう。眼福眼福。
江ノ島海岸に行ったんだけど、とれたての生しらす丼食べてさ、美味しかったなー。それから江ノ電ひさしぶりに乗って湘南の海を眺めてさ、鎌倉大仏観たり市内観光したりしたよ。

えーとそれからマリンスタジアムももクロさんのスタジアムライブも観に行った。暑かったけどとても楽しかった。彼女たちを間近で観られたし、花火もきれいだった。前座というかなんというか、前から観たかったたこやきレインボーのライブがやってて。彼女たちを観られたのもよかったなあ。
そうそう、オーケンのライブも行ってきたよ。新しいプロジェクトが始動したんだ。新鮮だった。アルバムも出るんだよ!

あとは最近大好きな「洋館巡り」をしたり、日本橋三越でやってた「80年代展」を観たり。有楽町でやってた「幻獣神話展」もよかったな。
映画もたくさん観たし本も読んだ。

あとはね、前から食べてみたかった金子半之助の天丼食べたよ。池袋「壽」のレモンラーメンも食べた。なかなか行く機会がなかった川越のラーメン二郎もようやく行けたんだ。死ぬかと思ったけど(笑)。

まああとはお盆だからお墓参りとか?

まだあといくつか予定はあるけど、今年の夏はだいたいこんな感じかな?」

 


・・・
・・・・
・・・・・・と、伝えるのもいちいちめんどくさかったので

 

「いや、特別なにも・・・」

 

と答えました。
いいんだよ別に誰に教えなくても!

 


最近意識してTwitterには「眠い」とか「今節も横浜FC勝った、やったー」とかいわゆるイデオロギー的なものや自我の主張といったものを極力排除した投稿を行うようにしているのですが、それでも書いていて違和感を覚えることがあります。


「仕事の日は1秒でも寝ていたいけど休みの日は1秒でも長く起きていたい」的なことを書き込んだ時、実に自分の心に正直なつぶやきだと思う半面「ああオレってほんとダメ人間」と思っちゃうのです。

冷静に考えると別にいいんじゃね?って思うんですが、やはり違和感があるというか。何か「こんなんじゃダメだ!」と思う自分がいるんです。


同じように「働くことは生きること」という書き込みを目にした時「冗談じゃねえぞ!」と思う気持ちと「そうだよなあ」と思う気持ちが同居していました。どちらが正しいとか間違ってるとかじゃなくて、両方の感情があるんです。


昔、世間知らずということもあって常軌を逸した働き方をしていた頃がありました。お金はたくさん手にしたけれど、その100倍失ったものがある気がして激しく後悔しています。
でもこれ、もしあの頃に常軌を逸して働かないでいたら逆に「確かに大切なものをたくさん得たけれど、男はやっぱり稼いでナンボ、出世してナンボやろ?」と延々自分を責めていただろうと思います。今と同じように。


安手のテレビドラマでよく「あの時にもし戻れたら」みたいなことをやってますが、僕に限ってはもう絶対戻りたくない。だって同じことだもの。

 

 

アホみたいに遊んでる人をテレビで見るとワシのほうが遊んどるでえーと言ってやりたくなります。がんばってがんばって家族や恋人との時間をすべて犠牲にして働いている人を見ると激しい劣等感を感じます。逆に家族や恋人のために自分を犠牲にして粉骨砕身日夜苦労している人を見ると本当に生きているのが申し訳なくなります。
もちろん遊んでばかりいる人を見ると働けや!と心底憤りを感じます。

 


脳内が実にカラフル。
実にダイバーシティ
みんな違ってみんな良くない。
みんなよくない!

苦しんでいるすべての人にやすらぎを。


GachifloZ

 

誰よりもももクロさんだったのは・・・momoclimania2018

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会社のね、クーラーが壊れてしまって。

まあ全館ではなくて一部で、しかも僕のいるフロアは大丈夫なのでホント他人事なのですが(人でなし)、人間観察していると本当に面白いです。


空調の壊れた暑いフロアで汗をかきかきそれでも自分のデスクで仕事をする人。「暑い暑い、仕事にならないよ」とかボヤきながら書類を作っていらっしゃいます。


空調の壊れた暑いフロアからPCを持ち出して空調の効くフロアで仕事する人。「◯◯フロアにいますんで~」とか言ってさっさと出て行っちゃった。


空調の壊れた暑いフロアをなんとかしようと扇風機を他のフロアから借りてきたり、窓を開けたり扉を全開にしたりしてなんとか状態の改善に挑む人。


空調の壊れた暑いフロアがあるということは他のフロアも壊れる可能性があるからといろんなフロアの空調をチェックしている人。


本当に人それぞれですなあ。

 

 

眼の前にゴミが落ちていた時、「誰かが拾うだろう」と思う人と「誰も拾わないだろう」と思う人がいるといいますが、僕はもう最低な人非人なので断然後者なわけです。

が、後者でも「誰も拾わないからオレが拾おう」という人と「誰も拾わないからオレも拾わない」という人に分かれるんですね。もちろん僕は更に後者だから本当に我ながら死ねばいいのに!という感じです。

 

 

そういえばこの前ももクロさんのマリンスタジアムライブに行って来たんですけど、あんまりクソ暑いので開演前に日陰にいたら通りかかったおじさんが僕の目の前にあるゴミ箱にポイっとゴミを捨てたんです。


が、そこはおじさんなので目測を誤ってゴミ箱の角にポコッとあたってゴミが地面に落ちてしまったんです。


僕は何度も言いますがゴミクズ人間なので自分のことは棚にあげて「チッ、ちゃんと入れ直せよおっさん」と心の中で思いましたが、おじさんという生物は集中力も観察力もないのでその人はそのままスタスタと行ってしまったんです。


そしたらなんと、次に目の前を通り過ぎたおじさんがそれをスッと拾ってゴミ箱にポイッと入れたんです。えっ、おじさんなのに!根性なしで性根の腐っている僕は「うおお、すげえ!おじさんなのにカッケエ!ひさしぶりにももクロさんファンを見た!」と思いました(だから自分で拾えつーの)。

 

道端に落ちてるゴミ、すっと拾えますか?僕はなんとなしに「ももクロさんのライブ会場ならオレだって出来る」と思っていた節があるのですが、やはり根っこが腐っているとダメです。


昔、ももクロさんがアイドル街道を急上昇してた頃(2010年くらい?)「ももクロファンはゴミを拾って帰る」と正に前回のワールドカップサポーターのような風評があったのですが、ニワカのクソみたいなファンばかりになったと思っていたももクロさんファンの中にもまだそういう人たちが残っていたんですなあ。


あの暑い夏の日、ももクロさんよりもももクロさんを感じさせてくれたのはあのおじさんでした。おじさん、あんたすげえよ。あんたこそももクロさんだよ!

 


あ、ちなみに冒頭のクーラー話、僕は「とっととエアコン屋を手配して直してもらう人」でした。
ほんと人生いろいろ。

人っていろいろ。

そしてももクロさんは最高。

 

GachifloZ

あしたはももクロさんライブinマリンスタジアム。

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「あしたはももクロさんライブだな~」とボケーッとしながら表通りを見ていたら、上下長袖の黒ジャージに白いカンカン帽、軍手に黒サングラスで大きな白いマスクをした怪しいおじいちゃんが歩いていました。


きっと皮膚が弱いとかいろいろあるんだろうけど、見るからに変態・・・しかも暑そう。水分補給をしっかりして倒れないことを祈るばかり。

しかしさすがにアレは職質されないのかな・・・
若い頃から数限りなく職質を受けている身としては職質されないテクをぜひご教授いただきたい。

 

この前、とあるブルジョアジーな写真をインスタグラムに上げたんです。
そしたらたくさんの新規の方から「いいね!」をもらえて嬉しかったんですけど、ちょっとチェックしてみたら新規で「いいね!」してくれた人たちがこぞって「FXのコツ」とか「投資コンサルタントですお気軽に」とかそんな人ばっかりなんです。

悔しいから(何がだ)超美味い一皿200円の餃子とか知る人ぞ知る(しるだけに)一杯324円のビルマ汁とかを続けてアップしてやりましたよ。そしたら全然そいつら「いいね」してくんねえでやんの(かなしい)。

 


価値感は人それぞれで別にいいんです。
キンキラキラキラなものが好きな人もいれば路地裏の菊の花が好きな人がいて、それはそれでいいじゃないですか。それはそう、それはそうなんだけど、「コイツは金づるになりそうだ」と思っての「いいね!」はどうかやめてほしい。
ま、しかたねえか。商売だもんな。

 


なーんて言ってたらフィッシングサイトにあたっちゃったよ。
GoogleさんがiPhonexを1ドルでプレゼントしてくれるそうだ!やったね!

だがしかーし!

これについては商売だからしかたねえ・・・なんてことは言わない、これは詐欺であり犯罪なので氏名欄に「ア◯ル◯ァ◯クち◯ぽ◯ハ◯太郎」とか住所欄に「ベーカー街221B」とか中学生男子のような仕返しをしてやったぜ。まさかいい歳した変態おじいちゃんとは思うまい...ククク。IPアドレス抜かれようが何されようが知ったこっちゃねえぜ!

 


まあまあ人生なにごともそうそううまいこと行かないっスな。
あんまりにも毎日毎日カミさんに叱られるから「なんでかなー、なんで怒られるのかなー」と相手の心のうちを想像してみたのですが、

「相手の心を読んでいるつもりが、自分ならどうするかという自己への問いかけとなり…気がつけば、ただ自分の心をなぞっているだけ…」(カイジ箴言第22話より)

というわけで相手が怒っているように思えるのならばきっと僕が心のどこかで怒ってるからなんだろう(そうかなー)。
金ヅルに「いいね!」する商売人も、フィッシング詐欺の外道連中もきっと同じできっと僕の心の投影。
だから通りすがりのおじいちゃんがド変態に見えるならきっと僕がド変態なんだろう(それは否定できない)

ま、街行く人、目の前の相手、すべては自分の目(フィルター)を通してしか見られないからそれもサモ・アリナンズだね。


GachifloZ