綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

すべてはタマタマ。

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というわけで。
けっこう我ながら心の奥底まで深く染み込んでいるPTSDだけれども、うーんやっぱり結構平気。
平気なんだよね。不思議なほど。

やっぱり経験値なんだろうと思うんだけど・・・ここまで行ったらヤバイ、ここまでなら平気っていうのがわかっているんだよね。
どんなことでもそう。
荻窪二郎の小ブタヤサイニンニクは平気だけど本店の小ブタヤサイニンニクはやめとけ」みたいなのがあらゆる場面で効くんだよ。

ガスの抜き方もわかっているし、抜き加減もわかってる。
応用力というか、臨機応変というか、そういうのがわかってきたから今こんなに楽なんだろうと思う。

五郎ちゃんじゃないけど、「オレは今何を食べたいんだ?」みたいな自問自答をこれまであらゆる場面で繰り返してきて、食いすぎたり食わなすぎたり、倒れたり病院のお世話になったりも散々してきた。ダイエットしたら栄養失調の診断が下りるまでやったし、酒は救急車で運ばれるまで飲んだ。まだ若い無茶が効くうちにどんなことも徹底的にやってきたから今のほほんとしていられるんだろう。

今はもう言葉もうまく操れない。
さっき、タンブラーで「下がりはじめたマイモチベーション」という投稿が流れてきて、ああ本当に素晴らしいな、オレも昔はこんな素晴らしいことが言えてた気がするな、今はもう見る影もないな、哀しいぜとひどく落ち込んだ。
気の利いたウイットとエロに富んだ文章はもう書けないけれど、でもそれだって考えてみればインターネットが普及する前でよかった。今あの頃のように自分の性癖なり性体験なりを赤裸々に勢いで書き連ねていたらとんでもないことになっていたような気がする。

なにもかもがちょうどよかったんだ。きっと。たまたま。

ピンチを切り抜けたことは枚挙に暇がない。
でも、今苦しんでいる人に「こうするといいよ!」とは言えない。
だってオレのはたまたまだもの。

僕は苦しんでいる人たちに、過去のオレのような人たちに、何をしてあげられるのだろう。なんと言葉を掛ければいいのだろう。
言葉が見つからない以上「あんなバカでも生きていけるのなら私もきっと大丈夫だろう」と笑ってもらえるよう、明日もエロなことを考えながらとりあえず生きていこう。
とりあえず。

GachifloZ

経験値だけで生きてます

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ももクロさん夏のバカ騒ぎに行ってきました。
明日はコミケにでも行こうかと。
テレ朝社屋ではG1クライマックスのライブビューイングもやるって。行きたいなあ。
来週末は(杏果ちゃんに続いて)あーりんのソロライブも何故か当たってしまったし。
さらに月末にはW杯の最終予選天王山もある。
贔屓のJ2横浜FCJ3栃木SCも気になるし。
月が変わればすぐTHE ORIGINのルウム会戦編が上映開始だからⅠ~Ⅳまで復習しておかなきゃ。
ラーメン二郎めぐりも再開したい。
すた丼だって食べたいし、南海のカツカレーも食べたい。
好きな人をむぎゅうってしたいし、銀座でぶらぶらデートしたり海に連れて行ったりしてみたい。

もうやりたいことが多すぎて困る。

これまで我ながら多趣味とか思ってたんだけど、なんかこれも一種のPTSDなんじゃなかろうかと思えてきた。
とにかく「忙しくしないとイケナイ!」とばかりにあれもこれもと手を伸ばしているだけなんじゃないかと。

静かに窓辺で本を読んでいるって最近ほとんどしていない。
休みの日なんて、何時に起きて何時に家を出て何時の電車に乗ってあれやってこれやってそれやって帰宅してあれやってこれやってと就寝まで予定を埋め尽くさないと落ち着かない。

穏やかに何も予定がない一日を過ごすということが恐ろしくて仕方ない。

あっ、やっぱりこれはビョーキだビョーキ。

高所恐怖症のくせに絶叫マシーンに乗りたがったり、暑いのが苦手なのに高温サウナに行ったり、本当はララランドみたいな映画が好きなくせにゾンビ映画ばっかり観たり、きっとみんなそう。

やっべーなあ。


でもまあ自分でわかってりゃ平気か。
わかってりゃ平気。
どんな悪癖でもわかっていれば受け止められる。

経験値、高いからな、オレ。
(↑要するにおじいちゃん)


GachifloZ

しあわせノイローゼ

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なんかつまんないんです。
実につまらない。
なんていうかなー
暇とか忙しいとかではなくて
きっと僕はとことん何かに押しつぶされそうになっていないとダメなんです。

まるでランボーのようです。
ランボーは戦場での壮絶な体験がトラウマとなって平和な世界で何をしていいかわからなくなってしまいます。自分の居場所を見つけられないんですね。戦場での阿鼻叫喚が忘れられないんです。極度の緊張、精神の高揚といった興奮状態の呪縛から逃れられないんです。もうあからさまな精神疾患ですよ。重篤な麻薬中毒なんです。


学校を出て就職した会社はとても忙しい会社でした。忙しいというよりは、今で言うブラック企業そのもので、当時私生活もうまくいかなかったこともあり僕はもう本当に毎日が苦痛で、嫌で嫌で仕方がありませんでした。
今のブラック企業とは違ってお金だけはたくさんもらえましたが、使う暇もなく欲しいものもなく、当時僕はヤケになって日々意味のないことに散財し続けていました。ああもったいない。

そして長過ぎる時を経て、今はとてもいい職場環境の会社にいます。本当によかったなあと心から思うんですが、たまにトラブルが発生してワチャワチャっ!となると途端に高揚してしまう自分がいるんです。周りはシッチャカメッチャカで真っ青になっているのに、僕だけウキウキしてるのが自分でもよくわかる。楽しいんですよ、本当に。

昔から筋肉少女帯が好きでよくライブにも行くのですが、「この世の全てを憎む!」みたいな精神状態だった頃は本当にライブハウスで涙を流しながら拳を振り上げ叫んでいたものですが、今は憎むべき相手もいないので今ひとつ盛り上がり切れません。

この日記にしろ、以前mixiに書いていた頃は本当にいろんなことがうまくいかなくて悔しくて悲しくて虚しくて、書いても書いても言葉が途切れませんでしたが、今じゃすっかり過疎更新です。


しあわせなんですよ。
今、とってもしあわせなんです。
間違いなく人生で最も平和。安寧。やすらぎにあります。
それはこんな人非人な僕をそれでも慈しんでくれた人のおかげです。

それなのにああそれなのに。
今も心のどこかで修羅場を求めてる僕がいます。激しい後悔を、屈辱の日々を、耐え難い苦しみをどこかで求めている僕が心のどこかにいるんです。

そしてそれらを日々全力で回避しようとしている自分に対して言いようのない矛盾と空虚感を感じてしまうのです。

本当に困ったものです。

誘惑には負けないけどね。



GachifloZ

オニールのシリンダー

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ロメロおじいちゃんのこと考えてたら昔の事たくさん思い出したよ。

 

僕が子供の頃、インターネットはまだ普及していなかった。
「情報」は主としてテレビから得ており、より深く知りたい時は図書館へ行った。図書館でも得られない(見つけられない)情報は神田の古書店や専門書店を巡って探し求めた。

「オニールのシリンダー」もそうやって調べた記憶がある。
たぶんガンダム月刊OUTあたり→スタジオぬえあたり→ハインラインあたり→ハヤカワSFあたり→同人誌(その頃はファンジンあるいはミニコミ誌と言っていた)あたり・・を行ったり来たりうろちょろしながら調べていたと思う。今じゃGoogle先生にお願いすれば一発だね。すげえな。じぇんじぇんうらやましくねえけど。


筋肉少女帯はもとより、ポルシェやロータス、光と色彩のモネ、シャガールの青、「無駄な音符が一つもない」でおなじみのシベリウスなんかもそうやって調べた。チャリンコがあれば何処へでも行けた。今はおじいちゃんになってしまったので、早くシルバーパスもらえねーかなと思っているがまだまだもらえそうにない。

そういえば絵画よりも音楽よりも映画や本よりも熱く激しく心を蹂躙したエロについては更に熱心だった。当時はネットどころかテレビも一家に一台時代だったしビデオも無かったから紙媒体以外エロは手に入らなかった。捨てられた週刊誌、スポーツ新聞、親父様とご母堂がタンスの奥に隠していた指南本(笑)が世界の全てだった。

おかげで無限の想像力空想力を手に入れた。
今もそれらはたからもの。

今日会社帰りに偶然UFOの光を浴び、特殊な力を身につけたオレ。自在に女子更衣室に潜入し、温泉の女風呂に潜入できる不思議なパワー。その力を使えば時間を止めたり、世界中のお姉さんを虜にする媚薬を発明したり、足が一晩で10cm長くなったり。
将棋や囲碁じゃないけれど、100手先200手先まで妄想出来る。
たまには「企画力」という名でリアル社会でも褒められたりもする。壊れた時計も日に二度は正しい時刻を指し示すというし。


どんなことであれ遠回りは無駄にならない。いや、遠回りを無駄にしてはならない。なんでこんなアホ日記書いてるんだろうと嘆いてはならない。だってこの日記をきっかけに「あっはーんGachifloさんってば抱いてほすぃ~」という女性が現れるかもしれないじゃないか!(現れたことは無いが。)


GachifloZ

「ゾンビの神様」ジョージ・アンドリュー・ロメロ監督に捧ぐ

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地獄がいっぱいになると・・
死者が地上を・・
歩き始めるんだ・・


ロメロおじいちゃんが無くなった。
なんたる喪失感のなさ。いい意味で。

A.ロメロは言わずと知れたゾンビ映画の数々を産んだ名監督。彼のゾンビ観は今も僕の心に深く突き刺さっている。

「肉体は朽ち果て、ただ本能のままに動き回る人々で世界は溢れている」
「生きているのか死んでるのかさえわからない人生」
「それでもここではない何処かにある楽園を求め、さまよい続けるしかない」
「そして、結局どこにも逃げ場などなかった」

夢だの希望だの愛だの平和だのに絶望し続けてた厨二病罹患者には染み込むんだな、これが。

人に誇れるような才能もなく、異性に好意を持たれるような容姿も持たず、おまけに金もないのに自尊心だけはいっちょまえ。いつまでも(と言っても中学高校生だけど)親のスネをかじり依存して生きている自分。日々目標もなく怠惰に過ごし、ただ日が昇りただ日が沈むだけ。一人好きな本を読み、暗闇に包まれたカビ臭い劇場で映画を観ている時だけがシアワセ。

当時の僕の姿をこうやって書けば書くほど頭を抱えて押入れに隠れたくなるけれど、実は今もその感覚は変わっていません・・・。絶望は希望と共にあり、希望もまた絶望から生まれると描くロメロ監督の世界観は僕の人生観そのもの。どれだけ救われたかわかりません。

今、しあわせに怯えている人たち、今、絶望的未来に怯えている人たちはもれなく「それでも希望を信じて逃避行を続ける主人公たち」の生き様をぜひ観てほしい。いやおうなしに生きていかざるを得ないと感じながら生きている生命の意味をきっと見つける事ができる。

あまりにもロメロイズムが身に染み付いていて、例えロメロ監督が鬼籍に入ろうとも僕の中でロメロ監督はいつまでもいつまでもゾンビとなって徘徊している。さびしくなんてないさ。なにひとつ失われていないのだから。

ありがとう、ロメロ監督。
お疲れ様でした。天国で退屈している天使たちにたくさんゾンビ映画を作ってあげて下さい。


GachifloZ





反逆って厨二病っぽくてカッコいいよね

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「人生最大の選択」が思い浮かばないので箇条書きにしてみる。

周囲の反対を押し切って18の夏に家を出たこと
周囲の反対を押し切って最初の会社をやめたこと
周囲の反対を押し切って結婚したこと
周囲の反対を押し切って娘を産むことを選んだこと


まあ他にも
周囲の反対を押し切って買ったMacbookとかiPadmini4とか
周囲の反対を押し切って観たクソ映画「インシテミル」とか
周囲の反対を押し切って買ったゴジラの巨大ソフビとか
周囲の反対を押し切ってはじめた10kgダイエットとか
周囲の反対を押し切って飲んだ日本酒一升瓶イッキとか
周囲の反対を押し切って食ったラーメン二郎ブタ大ダブルとか

まあまあここに書くと周囲の反対どころじゃ済まなそうな選択含め枚挙にいとまがないが、どれも共通しているのは徹底して「周囲の反対を押し切って」いることのようだ。

逆に言えば周囲の応援や賛同を得て行ったことには全く心を動かされていないらしい。それも変な話だなあ。
受験にしろ就職にしろいろんな場面でたくさんたくさんいろんな人に応援してもらって生き方を選択してきながらそれらには全く感慨がないというのも我ながらひどい話だ。

まあ、他者との関わりが希薄な人間にとって応援される選択なんざ妥協の産物とも言えるようなもんだからそりゃ仕方ないか。「誰がなんと言おうとこの道を行く」という決意に勝てるわけない。

これからもそんな決意をだくさんするんだろうか。
するんだろうな。
だってオレだもんな。
だってそういう選択でひとつたりとも後悔してることないしな。
(あっ、映画「インシテミル」を観たのは後悔してるな)


よーしこれからも周囲の反対を押し切るぞー。
エイエイオー。

GachifloZ

器用貧乏の憂鬱

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リハビリ日記その2。

僕は他者との関わりが非常に希薄で、なんでもかんでも自分でやらなければならない人生を送ってきた反動から「器用(貧乏)ですね」と言われることが多くあります。
んで、あれこれよくモノを頼まれたりします。

昨日は「小箱を落としてしまい、蓋が開かなくなったので直してもらいたい」と頼まれました。
これが野郎なら即座に断るか無視するか桜花雷爆斬でも食らわせるところですが、きれいなお姉さんだったので鼻の下をデレデレ伸ばしながら「ふふふ、おじいちゃんにまかせときんしゃい・・・ここか?ここがええのんか?」と安請け合いをしました。

見ると箱の、フレームが少しゆがんでいました。
軽くトントン叩いてやると、蓋がパカっと開きました。
「うわー、すごいGachfloさんてば天才!!」と即座におだてられ、僕は本当に気分が良くなって、あわよくば一発、とも思ったのですが、冷静に考えれば「なんでこんなことが出来ないんだろう?」とも思いました。


ちょっと見ればゆがんでるのはすぐわかる。
ゆがみが蓋を開けづらくしているのは見ればわかる。
でもわからない。わからない人にはわからない。

わからないんじゃなくて、わかろうとしないんじゃないのか?
わかろうと考える事をしないんじゃないのか?
・・・と思ったのですがそういうものでもないな、と思いました。


先日、ガールズ1号(高1)に「絶対値の入った不等式の解を求める問題がひとつわからんのだが教えてしんぜしめんたり」と言われたのですが結局答えられませんでした。
僕は高校に入ってから英国社以外ほとんど勉強してこなかったので、「絶対値の入った不等式?なにそれ美味しいの?」状態なのです。いかに器用貧乏でも知らないルールのパズルは解けません。

でもわからないままなのは悔しいので、ネットで「やさしい高校数学」をググり、「ふんふん、絶対値というのはこういうルールなのか」とひたすら基礎の理解を進めています。

ガールズに聞かれた問題はさながら将棋の封じ手のごとくしてもらっていて、僕の理解が甲1女子に追いついたら再度解かせてもらうつもり。
数学はパズルなので、ルールさえしっかり理解したら後は頭の中の展開力応用力なのできっと解けるハズ。たぶん。


知らないことは無数にある。
「曲がったものを伸ばすと真っ直ぐになる」ということを知らない人もいる。そういう「ルール」を知らなければゆがみを直すこと出来ない。

そして、「知らない」のはその人がそれをそれまで知らないで済んだからであって、別にその人のせいじゃあない。能力の話でもないし、ましてや人間性の話じゃない。

かといって皆が教え合えばいいのかというと、それもまた違う。人に必要なものは人それぞれで、不必要なものだってたくさんある。
だから慢性的に困っていたり不要な手間を掛けてしまっていて、助けを求められたお姉さんにだけ教えればいいと思っています。えっ、野郎に頼まれたら?やりません、絶対に(笑)。

他者との関わりって本当に難しいね。


GachifloZ

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