綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

走れたいやきくん

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僕は子供の頃からたい焼きが好きで、今までいろんなところのを食べてきました。

四谷わかば日本橋柳屋、神田達磨、根津のたいやき、新橋櫻屋、十条のけんぞう、恵比寿のひいらぎ・・・チェーン店ですが鳴門鯛焼本舗とかクロワッサンたい焼きとかも。

この前ある人に「オススメのたい焼きは?」と聞かれたのですが、僕は未だその答えが出せないでいます。
だってぜんぜんわからないんだもの。


ラーメンなんかも同じです。
カレーや餃子、ハンバーガーとかもそう。。
特に二郎系ラーメンはインスパイア系含め「夜間のみ営業」の店を除いてほぼ全店舗食べ歩いたと思いますが、「ほうほう、ではどこの二郎がオススメ?」と聞かれるとやっぱり答えることができません。ぜんぜんわからないんです。自分でどこがオススメなのか。

「みんな美味しいよ」じゃダメですよね?
だけど不味い店なんてそもそも行かないし、海ほたるの「あさりまん」以来まずいものなんて食べた記憶がありません。みんな美味しかったし、「こっちのほうが美味しい」「あっちのほうが美味しい」とかそういうふうに捉えていないんです。きっと。


「どこが好きか」ならわかるんです。
でも、じゃあ「そこがいちばん美味しいのか?」となると自分でもううーんと首をひねってしまう。


「良し悪しじゃなくて自分が好きだと思う店を言えばいいんだよ」とも言われるのですが、「大好きな人とはじめて二人で食べた二郎◯◯店が好き」って言われても質問した人は「あ・・・はあ、そうですか・・・」としか言いようがないじゃないですか。

ましてや「◯◯のたい焼きが好き」と答えて「ええー◯◯たい焼きのほうが絶対美味しいって!」とか言われたら反射的に昇竜拳を出してしまいそう。


もうある程度のレベルまでいったら「違い」があるだけで「優劣」なんて無い気がします。


というわけで僕の好きなたい焼きは「横浜くりこ庵」のたい焼き小倉味です。チェーン店ですみません。


GachifloZ

おじいちゃん、がんばってる途中。

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リハビリ日記

肩こりがひどいとか疲れやすいとか
せっかく痩せたのにお腹がまた出てきたとか
果てしなくどこどこまでも眠いとか
薄くなった髪を毎日せっせとお手入れしているけれど 単に伸びているのか増えているのか今ひとつわからないとか
ほうれい線を消そうとあれこれリフトアップに励んでいるけれど 効果が出ているのかどうか今ひとつわからないとか
筋トレしても以前の1/10のスピードでしか筋肉がつかないとか

おじいちゃんはおじいちゃんなりにまあいろいろあります。


この前、会社へ行く道すがら、前を歩くおばさんがスネまでのストッキングを履いているのを見ました。
なんでスネまでのストッキングだとわかったかと言えば、そのおばさんが膝丈のスカートを履いていたからです。

僕はスネまでのストッキングというのはスネまでのスカートにあわせるものだと思っていたので、まるでハイソックスのごときその着こなしに非常な違和感を覚えました。
はっきり言えばかっこ悪いなあと思いました。


電車の中で「親子コーデ」をしている人たちを見ました。
40すぎのお母さんと高校生くらいのお嬢さん。
ふたりはまるきり同じ福を着ているのですが、唯一違ったのがお母さんはナマ足で、お嬢さんはストッキングを履いていたことでした。
お母さんのおみ足がきちんと手入れされているならまだよいのですが、けっこう雑というかありのままというか要するにざっくばらんな感じで。


何もしなくとも肌がきれいで張りのある年代の人がいろいろお手入れをしていて
がんばってお手入れしなければジリ貧な年代の人があまり気にされていない。

それでいて「男はどうせ若い女がいいんでしょ」みたいなことを言われてもなあ、とか思ってしまうわけです。


あるあるネタですが、
70点取れている人は80点90点を目指すけど
素点が40点の人が80点90点を目指すことはとても難しい。
出来るかどうかではなく、やろうという気になることが難しい。
そしてそれを維持するのがもっと難しい。
本当に難しいなあと日々思うのです。

でも
やり続けるしかないよね。
ハンデ戦だと思ってがんばります。

いつか一緒に輝いて。

 

GachifloZ

 

すべてはタマタマ。

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というわけで。
けっこう我ながら心の奥底まで深く染み込んでいるPTSDだけれども、うーんやっぱり結構平気。
平気なんだよね。不思議なほど。

やっぱり経験値なんだろうと思うんだけど・・・ここまで行ったらヤバイ、ここまでなら平気っていうのがわかっているんだよね。
どんなことでもそう。
荻窪二郎の小ブタヤサイニンニクは平気だけど本店の小ブタヤサイニンニクはやめとけ」みたいなのがあらゆる場面で効くんだよ。

ガスの抜き方もわかっているし、抜き加減もわかってる。
応用力というか、臨機応変というか、そういうのがわかってきたから今こんなに楽なんだろうと思う。

五郎ちゃんじゃないけど、「オレは今何を食べたいんだ?」みたいな自問自答をこれまであらゆる場面で繰り返してきて、食いすぎたり食わなすぎたり、倒れたり病院のお世話になったりも散々してきた。ダイエットしたら栄養失調の診断が下りるまでやったし、酒は救急車で運ばれるまで飲んだ。まだ若い無茶が効くうちにどんなことも徹底的にやってきたから今のほほんとしていられるんだろう。

今はもう言葉もうまく操れない。
さっき、タンブラーで「下がりはじめたマイモチベーション」という投稿が流れてきて、ああ本当に素晴らしいな、オレも昔はこんな素晴らしいことが言えてた気がするな、今はもう見る影もないな、哀しいぜとひどく落ち込んだ。
気の利いたウイットとエロに富んだ文章はもう書けないけれど、でもそれだって考えてみればインターネットが普及する前でよかった。今あの頃のように自分の性癖なり性体験なりを赤裸々に勢いで書き連ねていたらとんでもないことになっていたような気がする。

なにもかもがちょうどよかったんだ。きっと。たまたま。

ピンチを切り抜けたことは枚挙に暇がない。
でも、今苦しんでいる人に「こうするといいよ!」とは言えない。
だってオレのはたまたまだもの。

僕は苦しんでいる人たちに、過去のオレのような人たちに、何をしてあげられるのだろう。なんと言葉を掛ければいいのだろう。
言葉が見つからない以上「あんなバカでも生きていけるのなら私もきっと大丈夫だろう」と笑ってもらえるよう、明日もエロなことを考えながらとりあえず生きていこう。
とりあえず。

GachifloZ

経験値だけで生きてます

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ももクロさん夏のバカ騒ぎに行ってきました。
明日はコミケにでも行こうかと。
テレ朝社屋ではG1クライマックスのライブビューイングもやるって。行きたいなあ。
来週末は(杏果ちゃんに続いて)あーりんのソロライブも何故か当たってしまったし。
さらに月末にはW杯の最終予選天王山もある。
贔屓のJ2横浜FCJ3栃木SCも気になるし。
月が変わればすぐTHE ORIGINのルウム会戦編が上映開始だからⅠ~Ⅳまで復習しておかなきゃ。
ラーメン二郎めぐりも再開したい。
すた丼だって食べたいし、南海のカツカレーも食べたい。
好きな人をむぎゅうってしたいし、銀座でぶらぶらデートしたり海に連れて行ったりしてみたい。

もうやりたいことが多すぎて困る。

これまで我ながら多趣味とか思ってたんだけど、なんかこれも一種のPTSDなんじゃなかろうかと思えてきた。
とにかく「忙しくしないとイケナイ!」とばかりにあれもこれもと手を伸ばしているだけなんじゃないかと。

静かに窓辺で本を読んでいるって最近ほとんどしていない。
休みの日なんて、何時に起きて何時に家を出て何時の電車に乗ってあれやってこれやってそれやって帰宅してあれやってこれやってと就寝まで予定を埋め尽くさないと落ち着かない。

穏やかに何も予定がない一日を過ごすということが恐ろしくて仕方ない。

あっ、やっぱりこれはビョーキだビョーキ。

高所恐怖症のくせに絶叫マシーンに乗りたがったり、暑いのが苦手なのに高温サウナに行ったり、本当はララランドみたいな映画が好きなくせにゾンビ映画ばっかり観たり、きっとみんなそう。

やっべーなあ。


でもまあ自分でわかってりゃ平気か。
わかってりゃ平気。
どんな悪癖でもわかっていれば受け止められる。

経験値、高いからな、オレ。
(↑要するにおじいちゃん)


GachifloZ

しあわせノイローゼ

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なんかつまんないんです。
実につまらない。
なんていうかなー
暇とか忙しいとかではなくて
きっと僕はとことん何かに押しつぶされそうになっていないとダメなんです。

まるでランボーのようです。
ランボーは戦場での壮絶な体験がトラウマとなって平和な世界で何をしていいかわからなくなってしまいます。自分の居場所を見つけられないんですね。戦場での阿鼻叫喚が忘れられないんです。極度の緊張、精神の高揚といった興奮状態の呪縛から逃れられないんです。もうあからさまな精神疾患ですよ。重篤な麻薬中毒なんです。


学校を出て就職した会社はとても忙しい会社でした。忙しいというよりは、今で言うブラック企業そのもので、当時私生活もうまくいかなかったこともあり僕はもう本当に毎日が苦痛で、嫌で嫌で仕方がありませんでした。
今のブラック企業とは違ってお金だけはたくさんもらえましたが、使う暇もなく欲しいものもなく、当時僕はヤケになって日々意味のないことに散財し続けていました。ああもったいない。

そして長過ぎる時を経て、今はとてもいい職場環境の会社にいます。本当によかったなあと心から思うんですが、たまにトラブルが発生してワチャワチャっ!となると途端に高揚してしまう自分がいるんです。周りはシッチャカメッチャカで真っ青になっているのに、僕だけウキウキしてるのが自分でもよくわかる。楽しいんですよ、本当に。

昔から筋肉少女帯が好きでよくライブにも行くのですが、「この世の全てを憎む!」みたいな精神状態だった頃は本当にライブハウスで涙を流しながら拳を振り上げ叫んでいたものですが、今は憎むべき相手もいないので今ひとつ盛り上がり切れません。

この日記にしろ、以前mixiに書いていた頃は本当にいろんなことがうまくいかなくて悔しくて悲しくて虚しくて、書いても書いても言葉が途切れませんでしたが、今じゃすっかり過疎更新です。


しあわせなんですよ。
今、とってもしあわせなんです。
間違いなく人生で最も平和。安寧。やすらぎにあります。
それはこんな人非人な僕をそれでも慈しんでくれた人のおかげです。

それなのにああそれなのに。
今も心のどこかで修羅場を求めてる僕がいます。激しい後悔を、屈辱の日々を、耐え難い苦しみをどこかで求めている僕が心のどこかにいるんです。

そしてそれらを日々全力で回避しようとしている自分に対して言いようのない矛盾と空虚感を感じてしまうのです。

本当に困ったものです。

誘惑には負けないけどね。



GachifloZ

オニールのシリンダー

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ロメロおじいちゃんのこと考えてたら昔の事たくさん思い出したよ。

 

僕が子供の頃、インターネットはまだ普及していなかった。
「情報」は主としてテレビから得ており、より深く知りたい時は図書館へ行った。図書館でも得られない(見つけられない)情報は神田の古書店や専門書店を巡って探し求めた。

「オニールのシリンダー」もそうやって調べた記憶がある。
たぶんガンダム月刊OUTあたり→スタジオぬえあたり→ハインラインあたり→ハヤカワSFあたり→同人誌(その頃はファンジンあるいはミニコミ誌と言っていた)あたり・・を行ったり来たりうろちょろしながら調べていたと思う。今じゃGoogle先生にお願いすれば一発だね。すげえな。じぇんじぇんうらやましくねえけど。


筋肉少女帯はもとより、ポルシェやロータス、光と色彩のモネ、シャガールの青、「無駄な音符が一つもない」でおなじみのシベリウスなんかもそうやって調べた。チャリンコがあれば何処へでも行けた。今はおじいちゃんになってしまったので、早くシルバーパスもらえねーかなと思っているがまだまだもらえそうにない。

そういえば絵画よりも音楽よりも映画や本よりも熱く激しく心を蹂躙したエロについては更に熱心だった。当時はネットどころかテレビも一家に一台時代だったしビデオも無かったから紙媒体以外エロは手に入らなかった。捨てられた週刊誌、スポーツ新聞、親父様とご母堂がタンスの奥に隠していた指南本(笑)が世界の全てだった。

おかげで無限の想像力空想力を手に入れた。
今もそれらはたからもの。

今日会社帰りに偶然UFOの光を浴び、特殊な力を身につけたオレ。自在に女子更衣室に潜入し、温泉の女風呂に潜入できる不思議なパワー。その力を使えば時間を止めたり、世界中のお姉さんを虜にする媚薬を発明したり、足が一晩で10cm長くなったり。
将棋や囲碁じゃないけれど、100手先200手先まで妄想出来る。
たまには「企画力」という名でリアル社会でも褒められたりもする。壊れた時計も日に二度は正しい時刻を指し示すというし。


どんなことであれ遠回りは無駄にならない。いや、遠回りを無駄にしてはならない。なんでこんなアホ日記書いてるんだろうと嘆いてはならない。だってこの日記をきっかけに「あっはーんGachifloさんってば抱いてほすぃ~」という女性が現れるかもしれないじゃないか!(現れたことは無いが。)


GachifloZ

「ゾンビの神様」ジョージ・アンドリュー・ロメロ監督に捧ぐ

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地獄がいっぱいになると・・
死者が地上を・・
歩き始めるんだ・・


ロメロおじいちゃんが無くなった。
なんたる喪失感のなさ。いい意味で。

A.ロメロは言わずと知れたゾンビ映画の数々を産んだ名監督。彼のゾンビ観は今も僕の心に深く突き刺さっている。

「肉体は朽ち果て、ただ本能のままに動き回る人々で世界は溢れている」
「生きているのか死んでるのかさえわからない人生」
「それでもここではない何処かにある楽園を求め、さまよい続けるしかない」
「そして、結局どこにも逃げ場などなかった」

夢だの希望だの愛だの平和だのに絶望し続けてた厨二病罹患者には染み込むんだな、これが。

人に誇れるような才能もなく、異性に好意を持たれるような容姿も持たず、おまけに金もないのに自尊心だけはいっちょまえ。いつまでも(と言っても中学高校生だけど)親のスネをかじり依存して生きている自分。日々目標もなく怠惰に過ごし、ただ日が昇りただ日が沈むだけ。一人好きな本を読み、暗闇に包まれたカビ臭い劇場で映画を観ている時だけがシアワセ。

当時の僕の姿をこうやって書けば書くほど頭を抱えて押入れに隠れたくなるけれど、実は今もその感覚は変わっていません・・・。絶望は希望と共にあり、希望もまた絶望から生まれると描くロメロ監督の世界観は僕の人生観そのもの。どれだけ救われたかわかりません。

今、しあわせに怯えている人たち、今、絶望的未来に怯えている人たちはもれなく「それでも希望を信じて逃避行を続ける主人公たち」の生き様をぜひ観てほしい。いやおうなしに生きていかざるを得ないと感じながら生きている生命の意味をきっと見つける事ができる。

あまりにもロメロイズムが身に染み付いていて、例えロメロ監督が鬼籍に入ろうとも僕の中でロメロ監督はいつまでもいつまでもゾンビとなって徘徊している。さびしくなんてないさ。なにひとつ失われていないのだから。

ありがとう、ロメロ監督。
お疲れ様でした。天国で退屈している天使たちにたくさんゾンビ映画を作ってあげて下さい。


GachifloZ