綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

君に届け


・・・というマンガを読んでおります。
去年でしたか一昨年でしたかこのマンガが映画化されまして、僕の好きな多部未華子ちゃんが主演という事もあって観ようかとも思ったのですが、その頃はたいそう心がアレだったものですから怖くて観ることが出来ませんでした。だって基本的に「観なくてもストーリーがわかる」タイプの青春映画ですし、「ヒキコモリは観たら眩しくて死ぬ」という噂がまことしやかに流れていたからです。

なんというか僕にとって青春とか学園生活というのはコロンビアの外れの荒れ果てた粗大ゴミ処理場で鎖につながれた囚人たちが暗い歌を合唱しながら腐ったパンを漁るような場所でしたから「君に届け」の世界というのはスターウォーズよりもエルム街の悪夢よりも遥かにあり得ない遠い夢の世界のお話しでリアリティの欠片も無いのです。

それなのにどうやらこの物語が世の中の多くの若者たちに共感というか指示を得ている(た)と。それが手に入れられない夢物語に対する憧れだけならまだしも、自らの学生生活やら初恋やら失恋やら友情やらとオーバーラップさせている人がどうやらたくさんいると噂に聞く。これはもう許されざる話ですよ!凹みますよ、いやマジで。


もちろん少女マンガですから美化というかなんというか出てくるキャラクターはみんなあり得ないほど善人ですし、全員が美男美女でデブもブスもオタクもハゲもいないわけです。もうこれは主人公が脳内で描く妄想世界で、最終回はきっとみんなにおめでとうおめでとうと拍手をされるエンディングなんじゃないかと思えるくらい徹底した世界観なわけですが、それはもうお約束というやつですからたいして気にもなりません。

問題はこれを「あ〜、イイな」と思える人がいる事です!
子どもはいいですよ。「こんな高校生活を送るんだ」と夢見るのはよくわかる。でもこの舞台が過去形である人がなぜイイなと思えるのか。逆に言えばなぜ俺はそう思えないのかッ!!

「中学高校と真っ暗な人生を送る事が才能を開花させる秘訣だ」とヒャダインは言いましたがそれってやっぱり悲しい。

「人生に遅すぎるなんて事はない」と古畑任三郎は言いましたか僕は「あるような」気がする。

あしたはどっちだ?

GachifloZ
oooxxx