綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

何も残せなかったあなたへ

 


昔よく行った喫茶店があって
古くからそこにある店なのであまりきれいではないし
タバコ臭くてちょっと困ってしまう店なのですが
当時の喫茶店というのはそれが当たり前だったので
僕は「臭いなあ、いやだなあ」と思いながらもしょっちゅうそこへ行っていました

 

その頃僕はまあとにかくいろんなことがあって疲れきっており
(よく言って)カラカラになったボロ雑巾のようでした


その喫茶店はとある線路のすぐ脇にあり
定期的にガタンゴトン ガタンゴトンという貨物列車の走行音が聞こえてきました

 


僕はその店で食べられるおにぎりが大好きで
大好きというかその頃の唯一の栄養源みたいなもので
むしゃむしゃとおにぎりを食べてはお腹いっぱいになり
貨物列車の音を聴きながらうつらうつらするというのが唯一無二のやすらぎ時間でした。

 


僕は本当にいつもいつもそこへ行っていました
時間があるといつもそこへ行っていました

 

そこへ行くと次回サービス券がわりの小さなコインがもらえるのですが、家の机の引き出しにはいつのまにかそのコインが何百枚もたまっていました


そういえば一回もサービス券使ったことがないな・・・

 

 

 

それから10年以上の月日が流れ
それなりに元気になった僕はいつしかその店に行くことがほとんど無くなりました

 

最近よく行く喫茶店はタバコの匂いもなく
広々として椅子のクッションもよい素敵なお店です
もちろん貨物列車の音なんて聞こえません

 

 

ある日ふと気になり
例の喫茶店に行ってみたら
外壁が工事幕で覆われていました

僕は「ああ、いつだってこうだ。いつだって『今日が最後になる』ことを知らないままこんなふうに二度と会えなくなるんだ」ととても悲しくなりました

 

 

「いつかきっと」とみんな思いますが
その「いつか」が来るなんてことはきっと本当に数少なくて
その「いつか」に会えないまま人はみな死んでいくのだろう
ここのところ僕はそんなことばかり考えていたので
余計にしばらく落ち込んでしまいました

 

 

しかし
だがしかーし

「そういえばいったいいつ営業終了したのだろう」とネットでふと調べてみると
「内外観を改装して新規オープン予定」とありました。


!!
よかった・・・

 

 

というわけで
そこからまたしばらく時が流れ
すっかりきれいになったその店に行ってみました

 

建て替えをしたわけではないので
建物構造自体は昔と同じで
同じところに通路がありレジがありトイレがあります

 

でもそれら全てはとても新しく
禁煙で清潔でとても良い木の香りがしていました

ただ唯一変わらないのでは
窓の外から流れてくる貨物列車の音でした

 

 

僕は久しぶりにガタンゴトンガタンゴトン・・・というたまらなく懐かしい走行音を聴きながら

ここは僕の知っているあのお店ではないけれど

僕が通って通って通いつめて
疲弊した心をやすらげてもらって
もちろんそれなりにお金も落として

でもそのお金でこうやってお店が真新しく改装され
きれいで居心地良い空間になって

これからまた疲弊した誰かを
たくさんの恋人たちを
優しく包み込んで癒やす空間になるんだな


そんなふうに思うと

たくさんお金を使ったけどよい投資になったよなというか
お金とかっていうのはこうやって流れていってほしいものだよなとか
もしかしたら
こんな僕でも「なにも残せなかった人生だった」なんてことは ないんじゃないんだろうかとか

 

机の中のサービスコインを眺めながら
なんというかものすごくこう
とてもしわあせな気分になったのです

 

 

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