綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

不思議惑星キン・ザ・ザ


米菓は「ばかうけ」もしくは「歌舞伎揚げ」。チョコレートは「マカデミア カラメリゼ」(ロッテのだけど)、スナックは「スナイダーズ チェダーチーズ」(アメリカのだけど)に決まっとろうが!例え非国民とそしられようが!

まったく普段地上波を見ないもんだからたまに見ると思いっきりテレビ局に騙されそうだ。
あんな各企業にバランス良く順位付けられるわけなかろうに。順位付けの会議のほうが本編より面白そうだぞ。やっぱりテレビは地上波以外がいいな。WOWOWで先日から始まったキーファー・サザーランドの「TOUCH]は面白いぞ(あっ、また海外のものを選んでしまった!)。うーん、がんばれ日本!

                                                                                            • -

ガールズ2号ちゃんがお鼻をずっとぐちゅぐちゅしているので耳鼻科へ行って来ました。行きつけの耳鼻科は坂の上にあって僕の家は坂の下の駅からほど近いところにあるので、ここに通院する時はえっちらおっちらとキツい坂を登ることになります。僕も親父も鼻が悪いので、遺伝だな、遺伝だよなあ、悪いなあ、すまねえなあと思いながら手をつないで坂道を登りました。

診療を終えて帰宅途中、2号ちゃんが僕の手を引きながら「ここは○○ちゃんのおうち」「ここは××くんのおうち」と教えてくれました。僕が「ずいぶん立派なお家だけれど、お仕事やお買い物をしてからこの坂を毎日登るのは大変だなあ。うちは坂の下で良かったなあ」とつぶやくと、2号ちゃんは「そんなことないよ!坂道を降りる時にすっごい楽なんだよ!ピューって行けるんだから。ピューッ!だよ!」と答えました。

言われてみれば確かに会社に行くときはタタタっと足取り軽く行けるような気がします(膝には悪そうだけど)。元来プラス思考のはずの僕なのに何でこんなマイナス思考で物事を考えていたんだろうと思ったのですが、よく考えるとマイナス思考というより僕は復路を基本に考えていて、彼女は往路を基本に考えているという事に気付きました。僕は「どこかに帰ること」を軸に考えていて、彼女は「どこかに行く事」を軸に考えているのです。

きっとこれが若さなんでしょうね。
僕はいつから帰り道を基準に考えるようになったんだろうな。
そして彼女はいつまで行く事だけ考えていられるのだろう。

                                                                                            • -

この前バイトの話を書いたこともあって、先日筋少のLIVEに行った帰り、松屋に寄ることにしました。本当は吉野家が良かったのですが駅の反対側なのでやめました。駅のこっち側には「東京チカラめし」も何軒かあるのですが、日本語があまりにも通じないケースがあるのであまり行きません。それに「牛丼は江戸の昔から煮て作るもんなんじゃい!そもさん!せっぱ!」という刷り込みがあるので。

店内に入り、おびただしいボタンの並ぶ食券販売機を前にした時、僕は「せっかくだから」と牛丼特盛をオーダーしました。先日牛丼単品を頼んだつもりがサラダやら味噌汁やら玉子まで付いたフルセットをポチってしまったので慎重にボタンを押しました。

席に着くとやはりここでもカタコトで話すアルバイトさんに「トクモリ、ヨロシスネ?」と言われ、「あーはい、ツユダクで」と答えて料理を待ちました。牛丼屋のバイトなんて貧乏大学生の定番バイトだったはずなのにあいつらどこに行っちまったんだろう。
「オマタシマシタ」というこれまた別のバイトのカタコトと共にどどーんと僕の眼前に特盛牛丼が置かれた瞬間、僕は思い出しました。「ああ、オレ腹減ってなかったんだ・・・」。少しはしゃぎすぎてしまって実はあまり食欲がなかったのです。


ものごとの考え方として貧乏性というか、「もったいない」という考え方がもともと僕は強かったのですが、いつしかそれが「せっかくだから」に変質していったような気がします。

もったいないからというのは金銭を軸とした対価の損失を基本にした考え方だと思うのです。ごはんを残したらもったいないというのは、その残されたご飯がもったいないわけです。ところが「せっかくだから」というのは対価というよりは機会の損失を懸念しての思考だと思うのです。

「せっかくここまで来たんだから○○を見ていこう」とか。「せっかくお会いできたんですからお茶でも」みたいな。

僕の「せっかくだから」もやはり機会の損失を懸念したもので、「せっかく牛丼屋さんに来たんだからそのハイエンドモデルであるところの特盛を食べねば!」みたいな発想だったと思うのです。だから例えば食べ放題に行った時、「元を取ろう」とは全然思わないのですが、「できるだけいろいろな種類を食べよう」とは思ってしまいます。単価の高いイベリコ豚ばかり食べようとは全然思わないんです。やっぱり「機会の損失>対価の損失」なんです。

これもいつからこうなったんだろうなーと思いました。

損得勘定に変わりはないような気もしますが、大切に思うものがお金から機会、タイミング、時間になったのは豊かな生活をしていることなんでしょうから「偉くなったもんだ」と思う反面、これも「残り時間」を基準に物事を考えているってことなのかなと思うとやっぱり少し寂しくなりました。

ちなみに昨日「カレーが食べたい!」と家族に訴えたら「じゃあガストのカレーにしよう」という事になりました。うう、せっかくの休みなんだからインドカレー屋のカレーが食べたかったんだよう!

GachifloZ
oooxxx


Touch: Season 1 [DVD] [Import]

Touch: Season 1 [DVD] [Import]