綾鷹カワウソ妄想譚

一生涯の愛をこめて

寺村輝夫 『吉四六さん』 あかね書房

人生を変えた一冊・・・。感銘を受けた本や好きな本はいくらでもあるけれど、「人生を変えた」という本といえば齢ひとケタの頃に読んだ「吉四六(きっちょむ)さん」。

吉四六さん」は要するに「一休さん」をライトかつダークにしたとんち話集なのだけれど、小2の頃の僕のフェイバリット・ブックであった。
代表的な作品をいくつかあげていこう。


たわわに実った柿の木を見張るよう親に言われた吉四六さんだったが、とうとう我慢出来ずに柿の実を全部食べてしまう。それを親に咎められると「柿の木は見張っていたが柿の実を見張れとは言われていない。だから僕は悪くないです」と言い放つ・・・。


瓶(かめ)を30文で買った吉四六さんがその瓶を問屋へ返品し、代わりに60文の瓶を持ち帰ろうとする。代金を求める問屋に対し吉四六さんは「さっき30文を払ったうえに今こうして30文の瓶を返品したのだからあわせて60文を渡したことになる。文句あるまい?」と吐き捨てる・・・


・・・チンピラである。極悪である。絶対に将来は刑務所行きである。これらはトンチといったレベルではなく、単なる屁理屈でありごまかしであり詐欺である。とんでもない破廉恥野郎である。

橋を封鎖されて困っている人達を見て「僕は端ではなく橋の真ん中を歩いたのです」と言って自ら渡ってみたり、わがままな将軍相手に「屏風の虎を出してください」と言い放ってやり込めるといった痛快爽快なとんち話ではない。「人の揚げ足を取って利を得る」ことだけが目的の犯罪話だ。吉四六さんは基本的にこんな話ばかりなのだ。しかも子供向けだ、実に迷惑な本だ。


まだ幼く純粋であったであろう私の心に「世の中は嘘、まやかし、ごまかしに満ちている」の意識を植えつけたのは間違いなく吉四六さんだ。とんでもない奴だ。吉四六さんに出会わなければきっと素直な美少年に育ち、品行方正秀麗眉目スポーツ万能快活明朗なモテモテ少年になったいたはずだ。絶対そうに違いない。そうすれば今頃100億万円くらいの資産を持ち、地上136階建ての自社ビル最上階に居を構え、バスローブにブランデーグラスで下界を眺めウットリし、ハーレム部屋を築いて毎夜毎夜ウッハウハと過ごしているはずだ。く、くそう。みんな吉四六さんが悪いんや!


もともとの反体制気質というか天邪鬼な気質はおそらく生来のものだが、その気質が「一休さん」ではなく「吉四六さん」を読ませてしまったのだろう。そして僕の嗜好はそこからどんどんディープな方向へ進んでしまい、中二病も手伝って乱歩の「芋虫」「鏡地獄」など一連の作品を意味もわからず読み倒し、更に因縁宿縁が渦巻く横溝正史作品にハマっていった辺りでは最早矯正不可能となっていた。


これまでたくさんの本を読んだ。そして中学高校以降現在に至るまで僕の人格形成に「影響を与えた」本はたくさんあったけれど、「人生を変えた」というよりはどれも「人生を補填し強化し確立させた」と言ったほうが正確だ。なにかしらの方向転換がなされるような本には未だ出会えていない気がする。


吉四六さんにより植え付けられたこの伽藍の鎖を外す強烈な毒を持った本に、僕はいつか出会えるだろうか。

GachifloZ



あ、ちなみに「泣いた赤鬼」もすごく好き。
ともだちが欲しいのに作れない赤鬼の悲しさ情けなさ悔しさ、青鬼の自己犠牲というか自己憐憫自己陶酔とか、村人の臆病さとか騙されやすさとか幼少時の人格形成に多大なる影響を受けたような気がします。

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」